「はぁ、はぁ」

一週間、漫画の資料のために海外へ行っていたレーコはとにかく家へ帰りたかった。
無我夢中で走り、海外での資料を脇に抱え所々で声を掛けられるもそんなことを気にしている場合ではない。とにかくひた走る。流れるように見える人も風景となんら変わらない、その風景も今は空気のよう。

何故こんなに走るのか……それは数ヶ月前に戻ることになる。







〜神無月の巫女 After 第拾九話〜 -違う出会い方-







―――数ヶ月前―――。


「それじゃ北海道に行って来るわ」


レーコは何の前振りも無く急に北海道に行くと言い出した。勿論何も知らされてないコロナは不機嫌な表情をしながらソファにあるグリーンのクッションを抱きかかえ文句をぶつぶつ垂れる。一見大好きな姉が仕事でしばらく家に帰って来れくて寂しい妹のような仕草ではあるが、コロナは……たちが悪かった。

最初はブツブツ言っていた文句に対し、「仕事なんだからしょうがないでしょ」とレーコは呆れながら言うとコロナは、「で、でもさぁ……そうだ、あたしも一緒に行くわよ」等と言い出す始末。
このままでは、本当について来かねない。しょうがないので必殺技の始動だ。レーコはコロナの顔の前に顔を置いてじっとコロナの目を見つめた。コロナの瞳に映る自分を、さらにその自分の瞳を、その奥のコロナを……ジーっと奥深く見つめた。


「な、なによ……。」


徐々に近づいてくる顔に思わず目を瞑った、抱いているクッションにも力が入る。自然と顎を上げ唇を突き出す……。しかし何時までたっても来るはずの柔らかい感触が来ない。ゆっくりと瞼を上げていくと目の前には誰も居なくなっていた。テーブルの上には3日分のお金と"行って来ます"と書かれた手紙が一枚。


「や、やられた!!!」


そのまま手紙を握りつぶして千切った。


-3日後-


たった一日居なかっただけでこんなにも久しいと思うのだろうか、久し振りに自分の部屋のドアノブを握る。
部屋を開けた途端、何が起こったのか良くわからなかった。一瞬自分の部屋が……考えがまとまらぬ内にコロナが抱きついて迎えてくれた。
さっきまでの視界に在った物が一気に吹っ飛び、帰ってきた小さな喜びを感じると、すぐさまコロナは顔を赤くしながら離れる。


「べ、べつに帰ってきたから嬉しいとかそういうんじゃないからね。」

「はいはい。」


自分から抱きついといて……などと思いつつも、そういう仕草がまた可愛らしいと思う。
急に周りの視線を感じ、左右を見ると周囲の視線が痛い。顔を赤くしながら、周囲の視線など微塵にも感じていないコロナの手を引っ張りそそくさと部屋に入る。


部屋に入り、周囲を見回すとすぐに部屋を出た。左右を確かめ自分の部屋だということ再確認しまたドアを開け部屋に入る。


「な、なにこれ……。」

「「「ニャーニャー」」」


辺り一面猫だらけ、白い猫やら黒いやら茶やら三毛やらそれはもう沢山。そして匂いもたまらない。そんなのこと気にもとめずにコロナは気分良く大きなダブルベッドへ寝そべり猫に囲まれながら漫画を読んでいる。
……ん? ダブルベッド?


「あんた……いつの間にそんなベッドを……狭いでしょ。」

「ん? 別に良いでしょ、ベッドの上で過ごせばいいし。」


少し卑猥に感じたその言葉にほんのり顔を赤くし、鼓動が激しくなる。


「あ、あのね、今度からそういう物は二人で買いに行きましょう。」

「わかったわ。」


悪びれた風も無く素っ気無い答え方をするも、返事をしたと言う事で納得すると、その大きなベッドに腰をかけ我が家だということを認識しフーっと息を吐くとやっと疲れを癒せれるとコロナの隣にバスンと倒れる。その反動でベッドが上下に揺れるも暫くして静かになり、平穏な時間だと目を瞑った。


「ニャー」

「あ……。」


今の鳴き声で思い出した、っていうか話がずれてしまっていた。
俯けになると隣のコロナに最大の疑問を投げかけた。


「この猫達、どうしたの……?」

「あぁ、あの猫は神社前であの猫が駅前、あの猫は公園で……つまり捨て猫ね。」

「……どうでも良いけど、ここペット禁止よ。」


探るような、コロナの心を読み取るような細い目で鋭くコロナの様子を伺いながらペット禁止という真実を告げるもコロナは漫画を読みながら特に表情も変えずに


「ばれなきゃいいんじゃない?」


この適当な返事がレーコの癇に障った。


「そう、それじゃ今すぐにでもばらしてくるわ。」


大きな音を立てて立ち上がると周りの猫が一斉に鳴き始めた。煩い鳴き声にレーコは鋭く睨みつけると猫は急に黙り、その目つきにコロナもしばらく動けなかった。
レーコがドアを開けようとした時にやっと呪縛が解けレーコの腕を掴み、ベッドの上へ引きずり戻した。
レーコの目つきは今だ鋭く怒ったままだ。


「わかったわよ……猫の引き取り手でも探せばいいんでしょ。」

「最初からそうしなさい。」


有無を言わさずレーコが応えると、コロナは言葉に詰まりながら「はい。」と静かに答えた。
その後はレーコの人脈などを使って全部の猫に飼い手がついたことで、レーコもコロナもほっと安心して事無きを得た。やっと平穏な我が家に戻ったわけである。


そして今に戻る。

勿論今のレーコの心境は不安。
信じていたいが、前例があるのだから恐いものだ。もし猫をまた拾ってきたりしたら……もし犬を拾ってきたりしてたら……はたまた大きな買い物を勝手にしていたら、怪しい業者に騙されたりしてないか、強盗に入られたりしてないか、誘拐されたりしてないか、想いだすと切が無い。
この感情が心配というものなのだろう。

いろんなことを思っているうちにいつの間にかドアの前に居た。
長かったような短かったような別れだったがただいま戻りました我がドアよ。ゆっくりとノブに手をかけ開いていく。

部屋を開けた途端、何が起こったのか良くわからなかった、少しの間を置いてコロナが抱きついて迎えてくれたということを認識し、優しく抱き返す。
帰ってきた小さな喜びを感じると、すぐさまコロナは顔を赤くしながら離れる。


「べ、べつに帰ってきたから嬉しいとかそういうんじゃないからね。」

「はいはい。……って、デジャヴ?」


不覚にもまたコロナの仕草が可愛らしいと思いつつ部屋の中へ一歩を足を踏み出そうとするも、目の前のコロナが入り口のサイドに手をかけ、塞いでしまっている。その意味不明な行動を一瞬理解できなかったが、先程の幸せを感じた時に吹っ飛んでしまった"心配事"を思い出した。
一気にその不安が心を支配していく。
これはもう何がなんでも中に入れねば! コロナが笑顔で空笑いをしてるも顔が汗だくなので隠し事をしているということがバレバレだ。強引に行こうもコロナも力を抜かない、均衡が破られたのは部屋から聞こえた声。


「にゃーの」


この声でコロナが「あ……。」と声を漏らし力が抜けた瞬間レーコはコロナの股を潜って一気に潜入。後ろで何かキャーという声が聞こえたかもしれないが、今は先刻の"にゃーの"の正体を突き止めるのが先決だ。
部屋に置かれた大きなダブルベッドの真ん中にへたりと座り込んでる女の子がこちらを見てにっこり笑った。


「おかえりにゃーの。」

「ネココ……なんでここに。」


当然の疑問を持ち問いかけていると後ろから出てきた顔の少し赤い少女がベッドの上のネココの代わりに答える。


「それはね、なんだかよくわからないけど。アンタが出てった次の日にね、いつの間にか居たのよ。」

「意味がわからないわ……。」


はぁと顔を横に振りながら息を吐くと急に耳に感じたコロナの吐息に頬を染めたが、コロナは少し引きつったレーコの表情を見て心にクエスチョンを感じたが、特に表情も変えず飄々と耳元で囁いた。
そんな二人の行動を気にせずベッドの上にあったネコの形をしたクッションでじゃれているネココを見ながらレーコはコロナの話を聞いた。


「なんかさぁ、訳ありみたいでね。一昨日の夕方に泣きながら入ってくるもんだから……。」


泣きながらという台詞に微妙な表情をしながらネココを眺め続けるレーコはベッドの上に飛び乗るとその反動でネココは宙を舞いお尻を着くとレーコと向かい合わせになりレーコはネココの目を凝視した。コロナはレーコの行動に呆気に取られながら暫く時が止まったように静かな時間が流れた。

―――――――。

―――――――。

―――――――。

レーコは目の力を抜き、息を大きく吸って、吐いた。ネココはずっと黙ったままレーコの顔から今だ視線をずらさなかった。コロナもネココにつられてレーコを見るとレーコは苦笑しながらネココの目に視線を戻すと崩した表情のまま口を開いた。


「どうしても言えないのね……。」

「駄目……にゃ?」


レーコは優しくネココの頭を撫でながら


「私達、親友でしょ?」


コロナは大きく息を吐いて胸を撫で下ろし、レーコは滅多にみせない表情……微笑みながらネココの頭を撫でた。
それにつられてネココもコロナも笑みを浮かべ、ほんわかモードになったと思ったら大きな声でレーコが叫ぶ。


「ただし!!!」

「「!?」」


二人の意表をついたレーコの言葉に二人はレーコの目を見つめなおす。


「何もしないでここで暮らすというのは駄目よ。」


コロナは自分のことを思い出し「成程。」と思わず声に出して言ってしまった。そして来た日の"夜のお仕事"を思い出して顔を真っ赤にさせる。
……待ってよ? ネココがここに住むというわけは、つまりそういうわけで……ちょ、ちょ、ちょちょちょ


「ちょっとまったぁ!!!」

「一人で百面相した挙句、なんなのこのアイドルは。」


実に不愉快といった表情でコロナを見つめる。コロナは自分で「ちょっとまった」と言ったは良いが、ネココを目の前にして"あのこと"を言えるわけもなく、ただただ顔を真っ赤にさせたままなんとかアイコンタクトでレーコに伝えようとする。

ジーーーーーーー。

「なに。」

ジーーーーーーー。

「…………もういいわ、とりあえずネココには晩御飯でも作って貰おうかしら。」

「ちょ、ちょっとぉ、私の仕事よそれ。」

「二人でやんなさいって言ってるの。」

「わかったにゃーの! コロコロいくにゃぁぁぁの!!」


虚しくもアイコンタクトでは伝わるはずも無く、伝わったとしてもネココを追い出すわけにも行かず。結局こうなるであろうこともわかっていました……いましたがしかし! コロナは頬を膨らませたままネココに襟を引っ張られて引きずられて台所へ連れて行かれた。

二人の背中を眺めながら、一息吐くと軽く自分の頬を叩いて机に向いた。資料の写真や雑誌、小物やらを一つ一つ見ながら考えて構成していく。
やっと仕事が出来る……。







「さぁ出来たわ(にゃーの)!!」


見た目普通だが、コロナの場合はなかなか信用できない。黒い異物やらナタデスープやら色々と不安……だからネココと一緒にとやらせて見た物の……食べてみなくてはわからないわね。
不安が無くなる筈も無く、椅子に座り間近で料理を観察する。

ん……お味噌汁に浮かんでるのは豆腐ね、大丈夫なようだけど……。


「「「いただきます。」」」


とりあえず安全そうな味噌汁を手に取ろうとした時。

ピンポーン。

まったくタイミングの悪いチャイムだこと。


レーコが立ち上がろうとするとネココがレーコを抑えてトタタタと玄関へ早足で向かっていった。


「はーいにゃーの。」


他人が聞けば明らかに変な台詞で玄関のドアを開けると二人の女性が立っていた。

レーコは「はーいにゃーの。」を聞くと溜め息をついて重い足を動かし玄関のほうへ向かっていった。


相手の方を見上げているネココを自分の後ろに下がらせた。ネココはちょっと不機嫌な顔をしていたような感じに見えなくも無かったがとりあえず今は置いて置こう。


「すみません、それでどのようなご用件で?」


用件を伺うと背の高くてしっとりと深く青い長い髪に目がつい行ってしまうような綺麗な女性が口の端を上げてやわらかく用件を伝えた。


「ここにレーコさんとコロナさんはいらっしゃいますか?」

「私がレーコですが、何か?」


すると今度は少し挙動不審でおどおどしている赤いリボンをつけた女性がカバンの中から紙を数枚だしてきた。レーコは紙を受け取るとその紙に書かれているのを正確に読んでいく。そして目の前の二人の女性の格好を見直すと……。


「あ……。」


中々戻ってこない二人にコロナは痺れを切らして見に行くと、なにやらプリントを読んでいるレーコの背中姿と足元にはネココがレーコをよじ登ってプリントを見ようとしている。
そして肝心の来客だが、ん、あの制服、乙橋学園の……。


「コロナ、良い所にきたわ。」


コロナは何々? とまったく状況を飲み込めてなかったか、プリントを見た瞬間とてつもなく嫌な表情をした。二人の女性も冷や汗が出ているほどだ。


「私と貴女、明日からこの学校に通うから。」

「えー!! でもレーコは仕事してるんだから別に学校なんか行かなくても……。」


細い目でコロナを睨みつけたレーコは小さい声でコロナの痛いところを突く。


「貴女は働いて無いじゃない……。」

「あ、え、そ、そう! 主婦とか……駄目?」

「ダーメ。あ、明日から行きますから、ご連絡どうも。」


頭を下げてとにかく帰って貰おうと下がらす。二人の女性は嫌な顔せず「わかりました。」というとドアを開けて外に出るが、ドアが閉じる前にリボンの女性が言い忘れていたことがあると言わんばかりの表情で慌てて閉じるドアに割り込む。


「あ、あの。判らないと思いますから、明日は一緒に登校しませんか?」

「へ? あ、ありがとう。」

「私の名前は姫子です、来栖川姫子。」

「私は姫宮千歌音。」


外に居たはずの千歌音だが、いつの間にか姫子の後ろに居たことにレーコは吃驚して自分の自己紹介をするのも忘れてしまった。


「それでは、ごきげんよう。」

Back
inserted by FC2 system