「ジュン、紅茶を持ってきて頂戴。」


整然とした部屋の中で一人の人間が、ベッドの上に座っている真っ赤なドレスを着た人形に命令されて渋々と部屋から出て紅茶を注いで来る。
残った人形はドイツ語で書かれたタイトルの難しそうな本をじっくり読みふけているとすぐにジュンは戻ってきた。


「ほら、紅茶だ。」

「あら、はやいわね。」


顔を少し歪ませながらも真紅専用の小さなティーカップを手渡しすると先程まで座っていたパソコンの椅子に座りモニターを見つめる。
人形は本を閉じて身体の横に静かに置くと、ジュンから紅茶を受け取り目を瞑り香りを味わいながら頂いた……と思いきや突然噴出してカップの中身を床に垂れ流した。


「不味いわ。」

「おま!……なにしてんだよ。」


ジュンは慌てて1階にある雑巾を取ってくると、細目で真紅を睨みながらこぼれた紅茶を力強く拭き始めた。
真紅は悪びれた様子もなく飄々読書を続けた。
ゴシゴシと音を出しながらシミにならないよう必死で拭くジュンを挟んだドアの前を翠星石がたまたま通りかかった。真紅はそれを見逃すわけもなく翠星石を呼び止める。


「ちょうど良いところにきたわ翠星石、紅茶を淹れてきて頂戴。」

「翠星石がですかぁ?」

「他に誰が居るの。」


本を読みながら翠星石に見向きもせずに即答する真紅の態度に対して翠星石は唇を尖らせて紅茶を取りにいく素振りも見せず、ブツブツと文句を言い始めた。
真紅は「早く紅茶を淹れて来て!!」という我がままな台詞を胸中に押さえつけ、翠星石をちらりと見るとすぐに視線を戻しほんのりと頬を染めながらしゃべった。


「す、翠星石の淹れた紅茶が飲みたいのだわ。」

「え……。」


翠星石はピタリと文句を止めると真紅の表情を見て、同じく頬を染め、一瞬にこやかな顔になるとすぐに嫌そうな表情を作り「し、仕方ないです、淹れてくるです!」といって階段を駆けていった。


「お前なぁ……。」


一部始終を見ていたジュンは深く息を吐きながら呆れた様子で真紅を見つめた。


「嘘は言っていないのだわ。」


さっきの表情とは打って変わってしれっとした表情に戻った真紅はジュンの言葉に即答すると、再び読書を始めた。
ジュンは再度深い溜息をつくと紅茶で濡れた雑巾を持って一階へと降りていった。

真紅は読んでいた本も読み終わり、次は何を読もうかと本棚を眺めているとドタドタを階段を駆け上がる音が聞こえる。次第に音は大きくなり部屋の前までくると急に静かになりドアが開いた。


「真紅、淹れてきたですよ。」

「ありがとうなのだわ。」


ドアからティーカップを持って入ってくる翠星石の後にもう一人くっついて入ってくる人形が一体。ショートヘアで男装麗人のように見えないこともない。
真紅は翠星石からティーカップを受け取るとその後の人形に気付いた。


「あら、蒼星石。ちょうど良いところに来たのだわ、あの本をとって頂戴。」

「え、随分行き成りだね。まぁ特にすることもないからいいけど。」


唐突に要求されたことを承諾すると蒼星石は本棚に近づき、先程真紅が言ったらしい本を指差し真紅に問いかける。


「これかい?」

「その隣のグレーの本よ。」


ジュンが階段から戻ってくると、蒼星石と翠星石をこき使っている真紅を見て三度溜息を吐くとずれた眼鏡を直しパソコンの椅子に腰をかけた。

蒼星石は自分の身長よりも高い本を一生懸命取り出して真紅の方へ運んでいく。
その姿を見て満足した真紅は翠星石の淹れた紅茶を一口含んだ。それをまっていましたと言わんばかりに翠星石が真紅に感想を求めるように顔を近づける。


「んー……微妙。」

「…………。」


暫く沈黙が続くと目の中にじわじわと水が溢れ出てきている翠星石を見て冷や汗を流しながらも自分は関係無いと言わんばかりに蒼星石の取ってきた本を開き真紅は読書に逃げた。
蒼星石はすぐに翠星石に駆け寄り一生懸命に慰めの言葉をかける。


「ほら、真紅って性格が捻じ曲がっているから美味しいティーのことを微妙って言っちゃうんだよ。」


「捻じ曲がっている」という部分にパソコンのディスプレイに迎いながらも腕を組んでウンウンと頷いてから真紅に言った。


「だいたいお前は第5ドールなんだろ? ってことは五女じゃないか、なんでそんな偉そうなんだよ。」

「偉いからなのだわ!」


真紅は不機嫌な顔をしながらもう一度翠星石の入れた紅茶を飲んだ。


「不味い。」

「うわああああああん!!」


涙を散りばめながら純情を踏みにじられた悔しさを胸に勢い良く飛び出して行った翠星石……そしてそれを追いかけて行く蒼星石。
まるで映画のワンシーンのようだ。

……が部屋の雰囲気は最悪だ。ジュンはジト目で真紅を見つめて、真紅は顔を青くしているが表情はまったくしれっとしている。……ジュンは四度目の溜息をついた。


「あらジュン、どうしたのかしら。」

「お前に姉妹愛と言うものを学ばせること、それが僕の使命。」


急に立ち上がると拳の握り、細目で虚空を見つめながら何かしら宣言するジュン。
「ジュン……頭だいじょ……」冷静な突っ込みを最後まで言えずにジュンに持ち上げられ無理やりパソコンデスクの前に座らされた。


「何をするのだわ!」

「良いからこれでも見てろ。」


よりいっそう不機嫌な顔をするが、しょうがないとディスプレイを眺める。


―――――――――――――――――。



「ごきげんよう、お姉さま。」

「あら、タイが曲がっていてよ。」



―――――――――――――――――。


真紅は画面をジーッと見つめている。ジュンはその様子を見てから部屋を後に階段を下りていった。



―――暫くして。
誰かが階段を上ってくる音が廊下に響く。しかしディスプレイを凝視している真紅には届きもしていないようだ。
ドアノブを回しドアが空けられ入ってきたジュンが今だにディスプレイに向かう真紅の姿を見て真紅の顔の横に自らの顔を置きディスプレイを見ながら真紅に話しかける。


「お前、もしかしてあれからずっと見てたのか?」

「その通りなのだわ。」


ディスプレイには「あはは」「うふふ」など穢れを知らない乙女達の純粋無垢な微笑みが映し出されている。
ディスプレイから真紅の方へ顔を動かし、ディスプレイを見て瞬きもせずに見ている真紅の横顔を見ると自然と口から溜息が漏れた。


「はぁ……。……お前もう寝る時間じゃないのか?」

「見てから寝るのだわ。」

(PCが無いとやることがないな……寝るかな……。)


ジュンはいつもより何時間も早い時間にベッドの中にもぐりこむと眼鏡を枕元に置いてぼーっと天上を見つめていた。







-コンコン-

数回目のノックの音でジュンが目を覚ました。ドアの外の人物はそれをも知らずに声をかけ続けている。


「ジュン君、朝よ。」

「もう起きたよ。」


ノリはジュンの声を聞くと、階段を下りていったようだ。
ノリに返事をしたジュンは上体を起こし大きな口を開けて欠伸をすると、眼鏡をかけていつも通りパソコンの前に向かう……あれ? 赤い物体がディスプレイの前を占領している。
すぐに昨日の夜の事を思い出した。


「お前……もしかして……。」

「その通りなのだわ。」


目の下に隈を作り頬も削れげっそりとやつれた真紅の顔がジュンの目に映った。そしてディスプレイに視界をスライドさせるとアニメがまだ再生されていた。


―――――――――――――――――。



「お兄ちゃん、大好き。」

「…………やあ、兄くん…………。」



―――――――――――――――――。


(あ、あれぇ?! 違うの見てるよこの人形!?)

「さすがに疲れたのだわ……。」


ふらふらと覚束無い足取りでドールケースの前までなんとかたどり着くとそのまま前のめりに倒れこんだ。額をドールケースの角にぶつけ声にでない叫びをなんとか口を開けたり閉めたりとパクパクさせながら壮絶な表情で悶えて表現していると、ジュンが小さい声で「うわ……」と言うと真紅を抱きかかえ自分のベッドまで運んだ。


「痛い……痛いのだわ……。」

「寝ろ。」


涙目になりながらも仰向けになり目を閉じた。
ジュンはやっと静かになったとパソコンの前に向かい椅子に座った瞬間急に窓が開き黒い羽が雪崩込んでくる。


「まじで……。」

「あらぁ? 真紅はまだおねむなのかしらぁ?」


真っ黒なドレスに真っ黒な天使のような羽、白金の髪がより輝いて見える。
窓から参上した水銀燈はすぐにベッドの横に行き真紅の顔を見つめて輪郭を人差し指でなぞっていく。

なにやら妖しい手付きだが、ジュンはかかわりたくないので無視してディスプレイに顔を向けた。

水銀燈の人差し指が右頬からゆっくりと顎に向かいそのまま上にゆっくり上げていく。水銀燈自身の顔がほんのりと赤らめていき、指が唇に触れるか触れないかという時に真紅の目が開いた。


「あ、あらぁ、ごきげんよう真紅ぅ。」

「ごきげんよう、水銀燈様。」

「へ?」


瞳が開いた瞬間素早く指を後に隠すと、何も無かったかのように……上手く隠せずに声が上ずっているので何かしていたのはバレバレなのだが、ともかく何も無かったかのように真紅にごきげんようと水銀燈は言った。
すると真紅はにっこりと微笑み「水銀燈様」とゆっくり応えると、水銀燈は気の抜けた返事をしてしまった。


「何言ってるのぉ? 水銀燈様ぁ?」

「ご、ごめんなさい……お、お姉さま。」


にっこりと水銀燈様が合わさり顔を真っ赤にした水銀燈が真紅に言い返すと、今度は真紅が顔を真っ赤にしながら視線を水銀燈の目から外し、声を小さくさせながら「お姉さま」と言った。これは水銀燈の胸にクリティカルヒットし鼻からは血がだらだらと。


「……。」

「大丈夫ですか? お姉さま。」


首をかしげ上目遣いで問いかけてくる真紅に水銀燈は……メロメロである。両手を合わせ目を瞑り膝間付くと涙を流しながら「真紅がお姉さまって言った真紅がお姉さまって言った真紅がお姉さまって言った。」ずっと同じ言葉を繰り返していた。

その時乱暴にドアが開けられた、二人のドールの朝っぱらかうるさい登場である。


「真紅! いい加減、翠星石に謝ってくれないか!」


いつも大人しい蒼星石が凄い剣幕で声を張り上げると、その後から潤んだ瞳の翠星石が蒼星石の服を掴みながらひょっこり顔を出した。
どうやら昨日の出来事が今だ胸の中でモヤモヤしているらしい。見た感じ翠星石はもう諦めているようで蒼星石に「もう良いですぅ」と服を引っ張り続けるが、蒼星石はどうにも納得できないらしい。
ベッドの真紅は二人の方を見ると蒼星石の言葉の返事をしないで、まず微笑みながら挨拶をした。


「ごきげんよう、お姉ちゃん達。」

「「お姉ちゃん!?」」


蒼星石は訊きなれない言葉に足をガクガクに震わせて真紅を何かもの凄い怖ろしい物を見るように目を開いた。
もう一人の翠星石はというとにっこりした顔になり「ごきげんようです、真紅ちゃーん。」と抱きついて行った。


「あ、苦しいです翠お姉ちゃん。」

「ちょっと、真紅から離れなさいよぅ。」


仲直りできてめでたしめでたしと言うわけには行かない。水銀燈があからさまに不機嫌な表情で翠星石を睨みつけている。修羅場だ。
二人が睨み合いで牽制しあっているところを無視し、真紅は蒼星石の方へ視線を変えると、今だ物凄い顔でこちらを見ている。


「……コホッコホッ……。」


真紅がちょっと咳をすると、水銀燈と翠星石は真紅の手を握り「大丈夫? どこか苦しいの?」と我先にと真紅を心配する。


「喉が……コホッ……何か飲み物が欲しい……。」


真紅はそう言うとチラッと蒼星石を見た。これは合図だ。つまり蒼星石に飲み物を持ってきて欲しいということである。
蒼星石は我に戻ると翠星石か水銀燈に頼んでくれるよう真紅に言ったが、水銀燈と翠星石は蒼星石に「真紅が入れてきてっていってるのよぅ!」「行くです!」二人に喝を入れられたら行くしかない。まぁどう考えても二人は真紅の側から離れたくないだけだろう。
泣く泣く蒼星石は紅茶を淹れて持ってきた。真紅のベッドの横に立つと上体を起こした真紅にティーカップを渡した。
真紅の顔が赤く、目は潤んでいた。そしてティーカップを受け取る時に蒼星石の手も両手で握り「ありがとう、蒼ねぇ。」と"決めた"。
蒼星石は珍しく顔を真っ赤にさせながら大した事じゃないと言うと、「他にすることないかい?」等とさっきとは打って変わって真紅の世話を自から進んで言った。

ディスプレイに顔を向けているジュンにも聞こえた。翠お姉ちゃんに蒼ねぇ。


(……使いこなしてやがる。)


ジュンはベッドの方を見ると真紅は翠星石に何か食べ物をとりに行かせ、蒼星石には本をとって貰っている。


(あれ……いつもと同じ風景が……。)


そして肝心の真紅の表情を見ると、顔色も良くなりいつもの真紅だ、あの態度と言葉遣い以外は。
しばらく見ていると、真紅が視線に気付きこちらを向くと口の端を上げてニヤリと笑った。これは真紅の作戦だったのか……ここは俺が皆の目を覚まさせなければ。
ジュンは立ち上がりベッドの横で立ち止まると目を日差しに反射させて低い声で言い放つ。


「真紅、いい加減やめろよ。皆良く聞け、真紅は悪魔だ。そうそれは……ぶふぅ!」


ジュンは喋り終える前に水銀燈の殴りが入った。もの凄い回転が入り、ジュンはその時自分は今宇宙の中心に居る気がしたと後に述べいてる。
水銀燈は倒れているジュンに近づくと耳元で囁いた。


(そんなことわかってるのよぅ、だけどこんな日があってもいいじゃなぃ?)


囁くと水銀燈はすぐに真紅の元に戻った。その後間髪入れず双子の人形達がジュンを囲み罵りまくる。

真紅は「ありがとう。」というと水銀燈の顔を引き寄せ、左手の人差し指を水銀燈の左頬に当てて、輪郭をなぞるようにゆっくり下に下ろしていく。
水銀燈は先程の自分の行動を思い出し赤くなると、自分の行動が筒抜けだったのにも気付き更に赤くなり、その場に居られないくらいの恥ずかしさに思わず窓から羽ばたいて行った。

そんなことにも気付かない二人の人形の暴行を受けてるジュンは顔に降ってきた黒い羽をつまみ、真紅の様子を見ると自分の人差し指を唇に当てて真紅色の顔をしながらも微笑んでいた。









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