街道を歩いていくとそこは当たり一面がピンク色。
そこらじゅうに甘い香りを漂わせ女の子達を幸せの空間へと導く、と同時に暗いどん底に落ちていくのもまたしょうもないこと。
キャーキャーとじゃれ合いながらチョコレートを選ぶ姿は「青春だなぁ」などと独り言を呟かせるが、こんなこと言う歳でもない……というか私も青春真っ只中。


「クリスマスからあんまり進展しないしなぁ……はぁ……。」


去年のクリスマスにキスをしてから、普通に話や遊んだりはする物の……人前じゃ女の子同士って変なんだろうし。
うーん、二人っきりで遊ぼうと思っても必ずおまけが付いてくるからなぁ。


「ちゅぃーっす!」

「きゃっ!?ひかる!?」


急に肩を叩かれつい叫んでしまった。
心の中で思っていたことがことだけに余計吃驚してしまった。
思わず叫んでしまって回りの人たちもチラチラとこちらを見ているが、とりあえず無視して急に叩いてきたひかるに怒りをぶつける。


「こんな街中で変な登場しないでよぉ!」

「ごめんごめん、まさかあんなに驚くとは。」


両手を合わせて苦笑いしている友人を尻目に街道を歩いていく。


「ちょ、ちょっとちょっと、もう。」


追いついて隣に並びながらそのまま付いていくとニヤケながら耳元で囁きだす。


「誰にチョコあげるの?」


ここにも街道の甘い香りに感化された一人が私に問いかけてくる。
格言う私も頭の中はピンク色、恋に何あげようか、手作りのほうがいいかなぁなどと先程から考えていたのは言うまでも無い。
ひかるの発言に心を見透かされたように思い、顔をほんのり赤く染めるも「内緒!」と強く言って無視をした。


「ってことはぁ……誰かにあげるってことだよね?」


しまった、墓穴を掘ってしまった。うーん……。
頭を抱えて悩んでいるとひかるが手を結衣の頭の上に乗せて「悩ませる気は無かったんだ、ごめんごめん。」と言いながら撫でてきた。
ひかるは年上ってわけでもない、というか同学年でこうも子供扱いされると少々不快だが……頭を撫でられるのは気持ちがいいので良いと言う事にしよう。

高田ひかる、身長は大きくかなりの美人。
去年は髪の毛が肩の当たりまであったのが、伸ばしているのか今は腰の上あたりまで伸びている。かなりフレンドリーな性格で友達も多そう。
よく街道を歩いているといつの間にか居なくなって後ろを見ると親しげに話をしていたりする。


「ひかるも誰かに渡すの?」

「私? 私は逆。貰う方」

「へー……ええ!?」


あまりにも、事をさらりと言う物だから普通に反応してから驚いてしまった。
しかしあるものなんだなこういうことも、女子高ってわけじゃないけど、まさかこんな身近にバレンタインでチョコを貰う女性が居たとは……。
幼馴染の私でも初耳ですよ、ひかるさん。
そういえばクラスの3・4人が固まって「何と言われようとひかるさんに絶対渡すわよ」とこそこそ話し合っていたのを聞いちゃったなぁ。


「ふっふっふ羨ましいだろう……でもホワイトデーが大変なんだよねー。」


別に羨ましくは無いです。
でもホワイトデーにちゃんとお礼することを考えているあたり、昔から貰っていたんだなぁ。


「ん、これなんか良さそうじゃない?」


私はひかるの指差すチョコレートを見ようとした時、


「これも良さそうだ。」

「え?え?」

「これなんか実に美味しそう。」


次々と窓ガラスの向こうに並ぶチョコレートを指名しながら食べたいナーと目をキラキラと輝かせるひかるの発言を無視して先に進む。


「あ、あれ、結衣はチョコ買いに来たんじゃないの?」

「学校帰りです。」


え?! 驚いた表情でひかるは口を空けたまま家路を歩いている結衣の後ろ姿を眺めていた。
どうやらこんな街中に住んでいるとは思わなかったらしい。
よくよく考えてみると一人暮らしだということすら言ってなかった気がしないでもない。
いつも遊ぶにしてもひかるの家で友達呼んでははしゃいでいたから、他の家に行ったことはあまり無い。 ……恋の家も一度行ったきりだったような……。

街中とは言っても、街の中と言うよりは街に近い場所といった感じの結構ボロなアパート。
コンビニも近くて意外と便利なのだが……音が問題なのである。
夜中でもやたらめったら街の方から煩い雑音が聞こえてくる。極稀に暴走族の総会みたいな声が聞こえてくるとちょっと恐くなって恋に電話して会話をし、気を紛らわしたりすることもあるぐらいだ。

カンカンカンと音を立てながらアパートの階段を登り2階の隅にある自分の部屋の扉の鍵を差込、扉を開ける

-ガチャ-


「ただいま。」


中に誰か居る訳でもない……ただいまと言っても誰からも返事が来ないというのは寂しいもの。
しかし昔ながらの習慣なのでつい言ってしまう。
少し自己嫌悪になりながらも気を取り直してTVなんかを付けてみたりする。


『恋人をゲットするチャンス!誰でも簡単に作れちゃう手作りチョコレート!』

「手作りかぁ……うーん。用は溶かして固めればいいのかな?」


TVに写る簡単な手作りチョコの作り方をボーっと見ていると大きく息を吐いた。


「……手作りかぁ……。」


何度も何度も同じことを呟いていてもしょうがない!

-バタン-

大きな音を立てて扉は開閉した。

-バタン-


「ふぅ……買ってきちゃった……。」


袋の中には数枚入りの板チョコが入っている、そのパッケージには"手作りチョコで彼のハートをGET!"と書かれていた。
なんとも言い難い普通のセンス。
ちょっと気分が複雑になりながらも早速チョコ作りにとりかかる、なんせ明日がバレンタインデー。

気合が重要!

板チョコを刻みながら結衣はガッツポーズを決めた。










「おはよう。」

「おはよ。」


学校の門の横には[澄水高等学校]というプレートが張られており、門を潜るとすぐ近くに玄関がある。
最近物騒なせいか所々に教員が立って目を光らせている、怪しい人物を校舎内に入れさせないためと生徒達の素行のチェックも兼ねて一石二鳥ということだ。
次々と生徒達を門を潜り挨拶をして行く。
私もどんな風にチョコを渡そうか悩みながら門を潜り抜けていく。
かばんの中には昨日作ったハート型のチョコレート、ありきたりな形だがやはりハートというのはいいものだと思う。
クラスメイトや先生方に挨拶をされて、我を戻し挨拶に応えるもすぐに上の空。

ポケーっと現実を見ていない虚ろな瞳のまま自分のクラスの教室に入り自分の席に座る。
無意識でも長年の行動は染み付いているもの……座るとうつぶせになりジッと固まった。


「愛川、今年はチョコとかねーの?」


男子が私の肩に触れるとつい反射で跳ね除けてしまう。
肩に触れられる感触に吃驚すると、振り向いた先に男子がいて更に吃驚。
実は私、男性が少々苦手。
人見知りせいかもしれない……そんな私の友達といえば幼馴染のひかるぐらいなもんだ。
女子が相手だと普通に喋れるんだけど、男子や年が離れてる人とかだと
高校に入ってひかるに「男子に義理チョコでも上げたら? それで愛が芽生えて克服できるかもよ?」等と適当なことを言われ、克服できるのなら……と思い、やってみたものの何を勘違いしたかクラス男子全員分にチョコを配りかなり恥ずかしい思いをした。
義理チョコすら本来上げる人は滅多にいなかったし、本命を上げる人も居るだろうけど隠れて渡すものだ。

しかし今年は特別な人が居るので他の人に渡す気も無い、いや多分特別な人が居なくてももう2度とあんな思いはしたくないだろう……。


「な、ないよ。」

「ねーのかぁ、残念……。」


昔は会話すら避けていたというのに……これも去年のチョコのおかげだろうか。
男子生徒は暗い表情をしながらクラスの隅っこに固まっていた男子達に報告しに行ったようだ。

うわ……いじめ!? いじめなの!? さっきの男子がボコボコにされている……私のせいかなぁ……。


「やっほー、ゆーい!」

「あ、ひかる……ってうわぁ!」


ひかるの両手には既に5個ほどのチョコが手中にあった。
確かに貰うほうって言ってたけど……てっきり二人か三人ほどだと思ってた……もはや5つも貰ってしまうとは……。


「それにしても……男子が結衣に話かけてくるとはねぇ……なんだかんだ言って結衣はモテるからねー。」

「え? そうなの?」


ひかるはうな垂れハァと大きく溜め息をつくと結衣の耳元で説明を始めた。


「いい? さっき男子達がなんで騒いでいたかっていうと、結衣のチョコが欲しかったのよ。それで失敗したから八つ当たりにあの男子をポコスカやってたわけ。」


ひかるが指差した方向には先程私に話しかけた男子が涙ぐみながら大きく溜め息をついている。
結衣は「へ、へぇ。」と気の抜けた返事をするとひかるが苦笑しながら頭を撫でてきた。









昼休みに入りこそこそとカバンからチョコを取り出し恋の教室へ向かう。
こっそりと行こうとしたものの、当然の様にひかるには見つかってしまう。


「どーこいくの?」

「ふわ!」

「ふっふっふ、チョコ渡しにいくんでしょ。相手は?」

「そ、そんなことないよ! えーと……そ、そうチョコ貰ったの!」


あぁ意味不明なことを言ってしまった……ひかるのような美人ならまだしも私のようなちんちくりんに渡す人なんている訳もなく……それにこの慌てよう、自分でもわかる、見るからにバレバレだろう。
どうしたもんかと目を回して、あたふたしている。
渡す人が恋だなんて言えるはずもなく、しかも女の子同士だし……こんなこと人にはいえない……あれ? でもひかるもチョコ貰ってる……あ、あれぇ?


「ふむふむ……ま、言えないならいいけどさ、相手が誰であろうと応援してるよ。」


うー、さすが親友と言うべきか少し介抱された気分だ。
感動して少し目が潤んできちゃった……。

思わずひかるに抱きつくとひかるは少し驚いたがすぐに頭を撫でてくれた。


――――――。


「そ、それじゃ行って来るね。」

「ガンバレー。」


さっきまでとは違い棒読みなひかる。
いや、いきなり抱きつかれて潤んだ瞳を見ればこう思うでしょう?……『フラレタ!』と。
だけど、ただ感動しただけで慰める理由もないのに、結衣の頭を撫でて「ヨシヨシ」などと周囲に人が居るにも関わらず……恥ずかしい……。
ま……がんばれ、結衣!









恋の教室の前に来た。
心臓のドキドキという鼓動が聞こえてくる。
扉を開けると、一斉に教室の中の人たちが私を視線に入れる。
ほんの一瞬の出来事、ただ誰が来たのかな? 程度のはず、そんなことは自分でもわかってるけど、やっぱり緊張してしまう。


「どうかした?」


扉の一番近くにいる席の男子がただ呆然と突っ立っている私に声をかけてくれる。
だけど私は、別に男子だからじゃなく、ただ極度に緊張してしまった口を小さく動かすだけ。
男子は近寄って「誰か呼ぶ?」と言ってくれたものの、本能で男子から一歩後ろに引いてしまうが、ここが気合の出しどころ……。

恐怖症がなんだ!男子がなんだ!


「あ! あの! 日永田さん呼べ!」

「え、えーと……おっけー。」


大きい声を出してしまった……しかも呼べってなんだ呼べって……。
私の声……というか主に台詞に一瞬表情を止めてしまった男子はすぐにニコリと表情を緩めると、私の要望を承諾し「ちょっとまってて。」と軽い足取りで恋の元へ。
恋はなにやら難しそうな本を読んでいたが、男子が近寄って何か口を動かすと、すぐに私に気付き、本をたたみゆっくり立ち上がって歩み寄ってきた。


「何?」

「え、えーっと……。」


どうせいつも一緒に帰ってるんだから帰りに渡せばいいじゃん! そのほうが誰かの目を気にする必要も無いし、食べてもらえる所だって見れるんだし。
今頃最善のタイミングを見つけ出してしまう……。
こういう時のほうが頭が回るようにできてるんですね、人間って。


「き! 今日も一緒に帰ろうね!」

「そうね。」


いきなりかん高い声が出てきて吃驚しちゃったのか、先ほどの男子と同じように恋は一瞬停止。
その後も目をぱっちり開けて不思議そうに応えた。









「はぁ、無駄に神経削ったなぁ……。」


一日の全ての授業が終わった。
生徒達は椅子と教科書という束縛から解放された瞬間だ。
皆は暇を弄ぶか、帰るか、はたまた部活動に励むか、つまりは友達と一緒に何かをできる自由な時間。
私はいつものことながら帰る選択をする。
中学からテニスを少しやっていて、高校もやろうと思っていたけど、恋が帰宅部だから帰宅部にした。
もし私がテニス部に入っていたら恋はテニス部に入っていたかな? そうだと嬉しいんだけど。
まぁ。
帰宅部の私は、さっさと帰るわけには行かない、恋を待たねば。

……そしてチョコ渡さないと。


校門前で待ってる。
というのは毎日の約束なのだが、正直校門で人を待つのはちょっと恥ずかしい。
大体校門で待ってるのは学校関係者じゃない人、大抵の生徒は教室前で待機してると思う。
私はいつも玄関前。
生徒の出入りがとても激しい入り口付近から少し離れた位置でジッと待つ。

大抵はひかるがいつの間にか隣に居て喋りながら待つのだけど、今日のひかるは中々外に出れない様子。
もてる女はつらいねぇ、なんて。


「……どうしたの?」

「うわ! な、なんでもないよ、帰ろっか。」


ひかるの慌てふためいている様子を想像して、思わず顔を緩めていると、いつの間にやら目の前には、渋い表情の恋が私を見つめていた。









街道を歩いていくと、昨日もやっていたバレンタインのイベントがここぞとばかりに盛り上がっている。
でもきっと明日になれば、熱も冷めて、売れ残りのチョコが割安な値段で売られるんだろうなぁ。

周りの店をキョロキョロを見ながら恋と一緒に私の家の方向へまっすぐ歩いていく。


「……ねぇ、今日の昼間どうしたの?」

「あ!」


バレンタインだとかそういう話をしていたのにも関わらず、何故かチョコを渡すことをすっかり忘れていた。
危ない危ない……でも余計に緊張してきたぞぉ……。


「えーとっ……。」

「ちゅぃーっす!」


急に肩から伝わる衝撃、だけど私は極度の緊張状態だったのが良かったのか一瞬でその原因が理解できた。
さっきまでの緊張と、さぁ渡すぞという勇気が一瞬で吹き飛んでしまった。
このやるせない気持ちをどうするか……。

私は多分、想像を絶するような顔で後ろに振り向いたに違いない。
その先に見えるひかるの顔は固まっている、蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。


「こんにちは、ひかる。」

「あー……はい、こんにちは。」


表情が固まっていたひかるに恋は挨拶をすると、ひかるは打って変わってにっこりを笑いながら挨拶を返した。
だけど私の胸のモヤモヤはそう簡単に取れるものではない。


「結衣、ちゃんと歩いて。」


簡単に取れた。

恋が私の腕に腕を絡めて、私は引っ張られるように歩き出した。
さっきまでのモヤモヤはどんよりとした曇り空が、一瞬で雲一つ無い晴天へ変わったよう。
浮かれた気分で、すっかり表情も緩みっぱなし……だったが、段々とそうもいかなくなってくる。
晴れた気分で全然気にしなかったけど、気持ちが落ち着いてくると妙に緊張してきた。

変じゃ……ないよね。

ひかるは気にも止めないで前を歩いてるけど……周りの人も気にしてないんだろうけど、気にしているような気がする。
顔真っ赤になって無いかな……。


妙に辺りを気にしながら歩いていると、いつの間にやら自分の部屋の前にいた。
二人は私の方を見つめると、ひかるは手を出して大きな口を開けてはっきりと動かした。


「か・ぎ。」

「へ? あ、あ〜。」


そうだよね、鍵無いと入れないもんね、うんうん。

何の迷いもなく、妙に納得して鞄の中に在る財布を取り出して、横にぶら下がっている鍵と一緒にひかるの掌に置く。


「あらら、財布まで貰っちゃってありがとうごぜーます。」

「ちゃんと返してください。」

「はいはい。」


目を細めてしっかりとツッコミをすると、ひかるはニコニコ笑いながら鍵を開けて、ジッと見ていた私にすぐ返してくれた。
そのやり取りを見ていた恋は少し笑っていた。


「お邪魔しまーす。」


って、えぇ!? 学校帰りに寄るんですか!?


「いいじゃない、何か都合でも悪いの?」


……口に出てたかなぁ……。
制服がしわくちゃになるのやだしなぁ……。


「着替えればいいんじゃない?」


でもひかる達いるし……。


「女の子同士なんだから着替えくらいどうってこと無い無い、隠れてすればいいし。」


えー……って、


「全部、声に出てた?」

「うん。」


私がぐずっているのを見かねて、既に開錠されたドアを恋が勝手に開けて入っていく。
ひかるはそれにくっついて行く様に、鼻歌なんか歌いながらご機嫌そうにドアの中へ。
私は何が起きたか判らなく、ただ呆けてドアの前に突っ立っていると恋が戻ってきて手を引いて私の部屋に連れ込まれた。









仕様が無いので、着替えるわけにも行かず、制服のまま3人で駄弁った。
学校の話やら、友人の話、季節の話やら、最初はチョコレートの話だったのがどんどん膨れ上がって話のネタが尽きない。

話し始めた時には、まだ日が出ていたにも関わらず、既に外は真っ暗で街灯で歩道は照らされている。


「でさー、やっぱり夏より冬のほうがいいわけよ。」

「でも冬も、」

「……ごめんなさい、もう暗いし、話の途中だけど。」


確かにもう外は真っ暗だ。
そういえばこんなに遅くまで恋がいるのも珍しい、いつもなら日が沈んだらすぐに帰るのに。
この時間は……そう、大体ひかるが帰る時間だ。


「あー、ちょうどいいし、私も帰るかな。」


恋がコートを羽織っているのを見ると、ひかるもすかさず立ち上がってテーブルの上に残っていたウーロン茶を飲み干すと家に帰る準備をしだした。
男の人みたい……。
私がその様子を見て呆気に取られていると、既に準備の整った恋が私の手を引っ張り見送りをさせようとする。
意外とこういうことされるとちょっと嬉しい。
ひかるの視線がこっちに向かうとすかさず手を離し、私の前をゆっくり歩いていく。
思わずその恋の行動に笑みをこぼすと、顔色一つ変えずに居た恋がほんの少し頬を赤く染めた。



「それじゃ、お邪魔しました。」

「おやすみなさい。」

「うん、またね。」









真っ暗な世界で玄関の照明が足元を照らし、時たま車のヘッドライトが通り過ぎていく。
暫く寒い中、上着も着ずに制服のまま恋しい人が消えていった方向を眺めていた。


「はぁ……渡せなかったなぁ。」


冷たい風が身体を突き抜けると、当たり前のように身体が勝手に震えた。
寒い、寒い。
チョコは明日があるしね……平気、平気。
私は温かい暖房の効いた部屋に戻っていった。
一人ぼっちになった孤独感を紛らわすために、テーブルの上のリモコンを取ってTVをつける。
ニュースのアナウンサーの声を尻目に手を洗って、うがいもして、よし! 晩御飯まで暇だ!
座布団を整えて、テーブルの下で足を伸ばすと何かにつま先が当たった。
腕を伸ばして何か深緑のリボンにカードのついた小さな箱をテーブルの下から上へ。
カードには

『Dearest Yui by Ren』

箱を開けると上げ底になっていて、上段には高価そうなチョコ、下段には不揃いの小さなハートのチョコレートが入っていた。

嬉しい。

ハートの形をしたチョコを一つ口に入れると甘かった。
私はすぐにカバンの中からチョコを取り出して、鍵をかける間もなく夜の街道を走った。









「バスで帰るんじゃないの?」

「バス停はまだまだ沢山あるでしょ。」


ひかるがいつも乗っているはずのバス停を通り過ぎて、二人は歩道をゆっくり歩いている。


「一人で帰るのは寂しいからね、いいじゃない。」

「私はいいのだけど。」


夕食の少し前のせいか、車が少ない。
こうしてみると、外の騒音はほとんどが車の音というのがよく判る。
車が居ないだけでとても静か。

見つけてくれたかしら……。


「ん? 何かいった?」

「何も。」

「ふむ、あーどしよっかなー。」


私の返事に納得がいかなかったのか、ひかるは顔を下げて考え込むとすぐに上を向き口を開いた。


「どうかしたの?」

「チョコのお返しどーしよかったなーって。」


驚いた……ひかるはチョコとか貰ってるのね。


「そういえば、恋はチョコとか貰ってないの?」

「ないわ。」

「女の子受け良さそうなんだけどなぁ、ショートにりりしい顔立ちで……。」


私の身体を足元からゆっくりと舐めるように見るひかるに、すこし不快になり早歩きになる。
ひかるは、謝りながら追いかけてきた。


「麗人っぽいのに、そのお嬢様口調のギャップのせいかなぁ。」


私をからかっているのかしら。
追いついたひかるを更に遠ざけようと大またで歩いた。


「ごめん。」

「これ以上からかわないで!」


振り向くとひかるとは違う人が頭を下げてハートの形をした箱を突き出していた。
呼吸を乱して、きっと走って追いかけてきてくれたのね。


「結衣?」

「はぁはぁ、あ、あの……これ、私も好きだから!」


箱を受け取ると由衣はすぐに走り、家に帰っていった。
少しの間、歩道の真ん中で立ち止まって箱を眺めていた。
すると肩を叩かれて、世界が戻ってくる。


「恋もホワイトデー考えないとね。」

「えぇ、そうね。」









「はーい、お金ないからキャンディで我慢してねー。」


ホワイトデー。
放課後、教室の前でひかるは、涙目でキャンディを配っていた。
ただちょっと格好良いとかいう理由で、別に本命でもないチョコに対してお返しをするのも大変だなぁ、財布も空だなぁ……。
少し離れた位置に、結衣と恋がなにやら綺麗な包装紙に包まれた物を交換しあっている。

はぁ……何故……私だけ……。


「あ、あの、これ……。」

「へ?」

「バレンタインで渡しそびれちゃって……その……。」


顔を真っ赤にさせた少女に、さっきまでの暗い気分も晴れた。


「ありがと、それじゃこれお返し。」


まだ配り終わってないキャンディを全て上げた、もういいや。


「それじゃ、一緒に帰ろ。」

「はい!」







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